「なんや、最近豪華やな」
テーブルに並べられた食事を見ながら真島が呟く。
すると、麦茶を両手に持った紗英が首を傾げながら返事をした。
「そうかな?」
「前より品数増えてへんか?」
「あぁ、確かに増えてるかも。多い?」
「別に問題あらへんけど……なんかあったんか?」
「なんかって?」
「いや……別に」
なにか後ろめたい事や隠している事があって、自分の機嫌を取ろうとしているのではないかと真島は思ったが、紗英の様子を見ると特にそういうわけではなさそうだった。
それに彼女のことは組の力を使って随時調べさせているので、隠し事があればすぐに自分に連絡が来るはずである。その連絡がないところを見ると、別に怪しいことはしていないのだろう。
「吾朗さん、変なの」
クスッと笑ってコップをテーブルに置き、自分の席に着く紗英。彼女に続いて真島も席に着くと、いただきますと丁寧に手を合わせて食べ始めた。
見たことのない料理が置いてあることに気づき、一口食べてみる。見た目よりもさっぱりとしており、真島の好みの味付けだった。
「これ美味いな」
「あ、ホントに? よかった」
「初めて作ったんか?」
「ううん、前に一回作ったかな。吾朗さんが好きそうな味だなと思ってレシピを保存しておいたの」
「そうなんか」
「気に入ってくれて良かった」
嬉しそうに笑う彼女を見て真島の頬も自然と緩む。普段は仕事が忙しくなかなか会えないが、その間にも自分のことを考えてくれていると思うと胸がいっぱいになる。
「料理もっと上手くなりたいなと思って最近頑張ってるの」
「もう十分上手いんやないか?」
「ふふ、そう? ありがとう」
「でもなんでまた急に料理頑張り出したんや」
「あー……」
なぜか急に言いにくそうに言葉を濁す彼女に、真島が訝しげな顔をする。
「何やねん、俺に言えんようなことか」
「そうじゃなくてっ」
真島の怪訝そうな顔に、紗英が慌てて否定をする。
「吾朗さんに元気でいてほしくて」
「なんで俺が出てくるんや」
「だって吾朗さんお酒もタバコもするでしょ? 以前どこかで刺青も体に良くないって聞いたし……だから私といる時だけでも、体に良いものを食べてほしいなと思って」
あんまり会えないから意味ないかもしれないけどね、と付け足す彼女。
そこまで考えてくれていた彼女を一瞬でも疑った自分に罪悪感を感じる。どうしても仕事柄、自分の身の回りのことは疑ってかかる癖がついてしまっているが、今の自分はしなくてもいい疑いをしてしまっていたなと反省した。
「そこまで考えてくれておおきにな」
「当たり前でしょ。吾朗さんもお酒とタバコは控えめにしてね、若くないんだから」
「おう、善処するわ」
「ふふ、お願いします」
少しの間があった後、紗英が深呼吸をして話を続ける。
「それにね」
「ん?」
「吾朗さんには長生きしてほしいなって思ってるの」
「…………」
極道者にそれを言うか?と真島は思ったが口にはしなかった。付き合い始めに、自分がいつ死ぬかわからない立場にいることは説明したし、付き合いの長い彼女ならそういうことは理解してくれていると思っていた。
ただ彼女の気持ちもわからないでもない。好きになればなるほど、頭ではわかっていても気持ちの部分が上回ってしまうことはある。
なんと会話を続ければ良いのかわからず困っていると、それを見越した彼女が慌てて口を開く。
「あっ、あのね、困らせるつもりで言ったんじゃないの。吾朗さんの立場も理解してるつもりだし、それを支えたいって気持ちも変わらずある。でもね、変わるものもあるでしょ?」
彼女の意図が掴めず、真島は思わず眉を潜める。
「……どういうことや?」
紗英は少し戸惑ったが、意を決したように口を開いた。
「あのね…………できたの」
「できた、って……?」
「…………あかちゃん」
真島の思考が停止する。
あかちゃん。
今あかちゃんて言うたか?
「…………あかちゃん?」
「そう、あかちゃん」
聞き間違いかと思って聞き直したが返答は同じだ。
止まっていた思考が一気に動き出す。
「ホンマか!?」
予想外のニュースにあふれんばかりの笑顔を向ける真島。それを見て紗英も満面の笑みを浮かべながら返事をする。
「うん、ホント。今日病院に行ってきたの」
そういうと紗英は立ち上がり、病院でもらった診察結果を真島に渡す。そこには確かに陽性と書かれてある。
「あとこれ、エコー写真」
そう言って砂嵐のような白黒の写真を渡されたが、何が何なのかいまいちよくわからない。
「これは……どうなっとるんや?」
「この白い小さいのがあかちゃんなんだって。心拍もちゃんと聞こえたの」
紗英の指差す部分を見ると、確かに小さい白い丸がある。
この白くて丸い物体が赤ちゃんになるとは到底思えないが、確かに彼女の体の中には新しい命が生きているのだろう。
ジワジワと湧いてくる幸福感と高揚感を抑えきれずに真島は思いっきり彼女を抱き締める。
「わっ、吾朗さん苦しいっ」
「ホンマおおきに……おおきにな……」
強く抱き締められながら、紗英も真島の背中に腕を伸ばす。ぐっと力を込められた真島の腕が少し震えたかと思うと、グズッと鼻を啜る音が紗英の耳元から聞こえる。
紗英は真島の背中を優しくさすりながら、それが落ち着くまでなにも言わずに待っていた。
しばしの静寂があった後、真島がぽつりと口を開く。
「俺な、もう諦めててん」
「うん」
ゆっくりと言葉を探るように話し出す真島に耳を傾ける紗英。
「前に子供ができた時な、俺には子供を授かる資格がないからあないなことになってしまったと思ってたんや」
「うん」
「やからもう欲しがるんはやめたんや」
「うん」
「…………でもホンマはずっと欲しかってん」
「……うん」
そこまで言うと、真島はゆっくりと腕の力を緩める。紗英の肩を掴みながら、小さい声ではあるがしっかりと口にする。
「俺、父親になってもええんやな?」
少しの不安と喜びが入り混じった真島の表情は、まるで許しを求める子供のように見える。そんな真島を安心させるように、紗英は真島の頬に手を伸ばす。
「もちろん。吾朗さん以外この子の父親はいないよ」
真島の瞳を見つめながら優しく伝える紗英に、隻眼からじわりと涙が溢れ出る。
その涙を人差し指で拭いながら紗英が優しく伝えた。
「だから吾朗さん、長生きしてね。この子が大きくなるところ、一緒に見守っていこう」
どちらからともなく顔を近づけ、お互いの額をくっつける。
2人の瞳に映るのは優しく微笑む愛しい人だけ。
真島はまだ見ぬもう一人の愛しい人を想いながら、そっと囁いた。
「せやな……長生きせんとな」

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