恥ずかしすぎて大きな声では言えないが、人生で一回はやってみたかったお揃いコーデ。高校卒業したての若者じゃあるまいし、いい歳した大人がこんなこと言うなんて引かれそうだけど、先日たまたま見つけてしまったのだ。
パイソン柄のタイトなワンピースを。
携帯でショッピングをしていたら、偶然スクロール中にパッと現れたそのワンピース。自分が普段着るスタイルとは全く違うので無視しようとも思ったのだけれど、そこである考えが浮かぶ。
(これに黒の革ジャンと黒ブーツを合わせたらロックっぽい格好で可愛いかも?)
試しにそのワンピースを画像検索してみると、想像していたようなロックテイストのファッションを着ているモデルの画像が出てくる。やっぱり、想像通り可愛い組み合わせだ。
「うーん……でも吾朗さん引かないかなぁ……?」
手を顎に当てながら恋人の吾朗さんのことを考える。
もうすぐ彼の誕生日なのだが、なにが欲しいかと聞いても「別に何もいらん」の一点張りでどうしようかと困っていた。付き合ってしばらく経つから一通りの物はプレゼントしてしまっているし、思いつくような誕生日プランもあらかたやってしまったのだ。
そんな時にたまたまパイソン柄のワンピースを見つけて、サプライズでお揃いコーデを見せたら喜ぶのでは、と思い付いたけれど当の本人が気にいるかどうか……かと言って他になにか良い案が思い浮かぶわけもなく。
「とりあえず買ってみるだけ買ってみるか」
そう思って購入ボタンを押したのが一週間前。
そして、そのワンピースが今日家に届いた。
袋から出してみると、写真で見たままのワンピースが入っていた。試しに着てみるとサイズもぴったりで思ったよりも着心地が良い。クローゼットにかけてあった黒のレザージャケットを羽織ってみると、思った通り似合っている。
「うん、可愛い!」
ファッションとしては問題ない。ただ、心配なのは彼が受け入れてくれるかどうかだ。
不安を拭いきれないので、思い切って彼と付き合いの長い西田さんに聞いてみることにする。玄関まで行って黒ブーツを履いた後、端に置いてある姿見で全身の写真を撮って西田さんに送ってみた。
『吾朗さんの誕生日にサプライズでお揃いコーデしようと思うんですが、吾朗さん喜ぶと思いますか?』
数分もしないうちに西田さんから返信が来る。
『似合ってますよ姐さん! 親父なら絶対喜ぶと思います!!』
西田さんが良いと言うなら大丈夫だろう。これで今年の彼の誕生日の準備は完璧だ。
誕生日当日。
いつもとは違うスタイルに合わせて、普段とは違うメイクと髪型を入念にセットする。
「よし……これで大丈夫かな」
鏡で全身をチェックして問題なさそうだったので家を出る。まだ少し不安は残るが、やれるだけのことはやった。あとは吾朗さんが喜んでくれることを祈るのみだ。
事務所に着くと、少しだけドアを開けて吾朗さんのいる位置を確認する。どうやら彼は、いつものお気に入りの椅子に座っているようだ。
こういうサプライズは最初が肝心だ。ギリギリまで私の姿が見えないようにそーっと近づいていく。よさそうなポジションに待機して深呼吸をすると、彼に聞こえるように大きめに声をかけた。
「吾朗さん、誕生日おめでとうー!」
「おわっ!? なんや!?」
彼が驚きながら私のほうを向く。
「って紗英か。ビビったやないか!」
「えへへ、ごめんなさい。どうしてもサプライズがしたくて」
「ん、サプライズ?」
「そう、今日は吾朗さんの誕生日に合わせてお揃いコーデにしてみました!」
両手を広げて今日のファッションを彼に見せると、目を丸くさせながら私を見つめる吾朗さん。
失敗したか……?
と思ったのも束の間、状況を把握した彼は満面の笑みで私の顔を見た。
「可愛えのぉ〜! 俺の為にわざわざ準備してくれたんか?」
「うん。気に入ってくれた?」
「おぉ! めっちゃ気に入ったで!」
そう言って彼は嬉しそうに私を抱きしめる。思った以上のリアクションに私まで嬉しくなる。
「いつもとは違う感じやけど、そういうのもええな」
「ふふ、よかった。引かれたらどうしようかと思った」
「俺が引くわけないやろ。紗英が着るんやったらなんでも似合うとるわ」
そんなことはないだろうと思ったが、とことん私に甘い吾朗さんも彼を好きな理由の一つだ。
その時、ちょうど部屋に西田さんが入ってきた。
「親父、失礼します」
「おぉ、西田、ちょうどええ! ちょっとこっちこいや!」
吾朗さんに呼ばれてこちらに向かってくる西田さん。隣にいる私を見て何かを察したようだが、特に何も言わない。
「ほれ、紗英が誕生日プレゼントにお揃いコーデしてくれたんや。かわええやろ?」
「姐さん、可愛いですね! 親父と並ぶととってもお似合いですよ!」
「せやろ〜」
まるで今初めて見たかのような新鮮な反応をする西田さん。さすが、仕事のできる男。
褒められた吾朗さんはいい気分になったようで、そや!となにかを思いつくと嬉しそうに口を開いた。
「せっかくやから他の奴らにも見せに行こうや」
「え、今から?」
「当たり前やろ。今行かんでいつ行くねん。さ、行くで」
特に誰かと会う約束もしていないのにそんなに都合よく会えるのだろうか、と思って吾朗さんに聞いてみたが「外歩いとれば誰かに会うやろ」と返事が返ってきた。その言葉の通り、歩いて少しすると前から桐生さんがやってきた。本当にこの人の勘は侮れない。
「おう、桐生ちゃん!」
「真島の兄さんに紗英じゃねぇか。今日はデートか?」
「まぁそんなとこや。それより桐生ちゃん、今日の俺らどうや?」
「どうって……相変わらず仲が良さそうだな」
「はー桐生ちゃんは鈍いのぉ」
「どう言うことだ?」
「今日は俺と紗英でお揃いコーデしてるんや」
「む、そういえば紗英がそういう格好をしてるのは珍しいな」
「せやろ。どや?俺の女可愛えやろ?」
「ああ、いいんじゃないか。隣に並ぶと兄さんの女にしか見えないぞ」
それは褒めてるのか、と疑問に思ったが、吾朗さんは満足そうにしているので口は挟まないでおいた。
「でも急にどうしたんだ? 心境の変化でもあったのか?」
「今日吾朗さんの誕生日なんです。それでびっくりさせようと思って」
「あぁ、なるほど」
「ちゅーわけで他の奴らにも見せつけてくるわ。またな桐生ちゃん」
軽く挨拶を終えると、吾朗さんと私はまた歩き出した。
デートも兼ねて他愛もない会話をしながらブラブラ歩いていると、今度はスーツを着た冴島さんと大吾さんに出会した。
「あれ、真島さんに紗英さん」
「おー、大吾に兄弟やないか」
「兄弟に紗英か、久しぶりやな」
「なんや、スーツなんて珍しいな」
「さっきまで本部におってな。大吾と飯でも行こか言うてこっち来たんや」
「そうやったんか」
二人の話を聞いていた大吾さんが、チラリと私のほうを見る。
「紗英さん、今日は珍しい柄の服を着てますね。二人でお揃いですか?」
「おっわかるか大吾!? 紗英がわざわざ俺の為にお揃いコーデしてくれてん!」
「ほぉ。なんや紗英、罰ゲームでも受けたんかいな」
「なっ失礼な奴やな! 俺の誕生日やからサプライズで準備してくれたんや」
「そうやったんか。どうりで兄弟の機嫌がええわけや」
「俺ら似合うとるやろ?」
「えぇ、いつもと違う感じで新鮮ですね。真島さんはいつも通りですけど」
「俺はこれでええねん。トレードマークやからな」
「真島、お前幸せもんやな。こんなんしてくれる彼女そうそうおらんで」
「せやろ? なんたって俺の選んだ女やからな〜」
2人に褒められて嬉しそうな吾朗さん。今日は珍しく彼の口元が緩みっぱなしだ。
誕生日祝いも兼ねてまた近々飲もうや、という約束を3人は取り付けた後、冴島さんと大吾さんは食事をする為にその場を後にした。
「吾朗さん、そろそろ事務所に戻りましょうか? この後吾朗さんの誕生日会もあるし」
「せやな。あいつらも待っとるやろうし」
毎年恒例になっている吾朗さんの誕生日会に間に合うように事務所に引き返そうとした時、見覚えのあるワインレッドのスーツを着た男性が見えた。
「あっ秋山さん」
「あれ、紗英ちゃんに真島さん」
「お? なんや金貸しか」
「珍しいですね、こんな明るい時間に真島さんが出歩いてるなんて」
「まぁな。今日は特別やねん」
「特別?」
「おう。なんか気づくことないか?」
ほれ、と言って吾朗さんは私の肩に手を回し秋山さんの返事を待つ。
「んー……? あっ、もしかしてお揃いコーデですか?」
「正解や! いやーさすがは金貸し、ようわかったのぉ」
「紗英ちゃんのファッションがいつもと違いましたから。いつもはもっと清楚な感じの服だよね?」
「そうなんですけど、今日は吾朗さんの誕生日なのでサプライズでこれを着たんです」
「なるほど。愛されてますねぇ真島さん」
ヒヒっと笑うと、思い出したようにスッと真顔に戻る吾朗さん。
「そういやお前、エリーゼのキャストが足らんからって紗英を誘うんやめろや」
「あ、バレてました?」
「当たり前やろ」
「いや〜さすが真島さん。上手くやってたつもりなんですけどねぇ」
「何が上手くやねん。極道なめすぎや」
「はは、すみません。もうしませんよ。ごめんね、紗英ちゃん」
「いえ、私は別に……」
シッシッと手で追い払うように秋山さんを追いやると、はぁとため息をつく吾朗さん。
「どうも信用ならんやっちゃな。紗英も気ぃつけや」
「はぁい」
そう返事をすると、今度こそ私たちは事務所に引き返した。
「はー楽しかったのぉ」
早めに始めた誕生日会は今年も大いに盛り上がり、家に帰る頃には午前二時を回っていた。吾朗さんは始終陽気な気分で、隣にいた私もそんな彼を見て自然と笑みが浮かぶ。
「もう誕生日終わっちゃったね」
「あっという間やったな」
私の隣でタバコを吸っている彼を見つめると、優しい瞳で見つめ返してくれる。
「あ、そうだ」
「ん、なんや」
「吾朗さんにプレゼントがあるの」
「プレゼント?」
鞄に入っていた小さな小箱を彼に渡す。
「お揃いコーデが誕生日プレゼントやなかったんか」
「一応買っておいたの。お揃いコーデ喜んでくれるかわかんなかったし」
吸いかけのタバコを灰皿に置くと、吾朗さんは綺麗にラッピングされた小箱を丁寧に開けていく。箱の中には黒のパイソン柄のシガレットケースが入っている。以前カチコミがあった時に、何かの衝撃でシガレットケースが壊れてしまったとぼやいていたのを覚えていたのだ。
「お、シガレットケースか」
「うん。似たようなデザインのジャケット持ってるでしょ? それと合うなと思って」
「ええやんけ、気に入ったわ。おおきにな」
「誕生日おめでとう、吾朗さん」
彼は返事の代わりに私の顎を持ち上げて唇を重ねてきた。今さっきまで吸っていたハイライトの味が口に広がり、また一つ彼と同じ物を共有したような気分になる。
「紗英のおかげで楽しい誕生日になったわ」
眼帯越しに見える目尻の皺がいつもより深いことに気づいて、私の目尻の皺も深くなった。
ちなみに後日事務所を訪れた際、西田さんが吾朗さんに「なんでお前が俺より先に紗英のお揃いコーデ見てんねん!」とどつかれていたのを見たが、それは見て見ぬふりをした。ごめんね、西田さん。

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