「あー、しもた」
珍しく焦ったような声を出す真島さんのほうを見ると、口にタバコを咥えたまま壁にかかっているジャケットのポケットをゴソゴソと漁っている。
「紗英ちゃん、火持っとらんか?」
「火?」
「ライターや、ライター。車の中に忘れてきてしもた」
そういえば私の家に来る途中、真島さんは車内でタバコを吸っていたな、と思い返す。多分タバコに火をつけた後、ドアポケットに置きっぱなしにしてしまったのだろう。
「んー……ライターは家になかったような……」
「しゃあないな、西田に持ってこさせるか」
「え、それはさすかに西田さんが可哀想じゃない?」
「せやけど明日までタバコ吸えんのは無理やわ。まだ近くにおるやろ」
そういうと、真島さんは携帯を取り出して西田さんに電話しようとしている。まだ近くにいるとは言ったものの、家に着いてからもう20分ほどは経っている。普段から真島さんに振り回されている西田さんを見ているので、できれば彼には休める時に休んでいてほしい。
なにかないか、と頭をフル回転して考えていると、カウンターの上に置いてある陶器の入れ物が目に付いた。
「あっ! ちょっと待って真島さん!」
「あ?」
急いでその陶器を手にして真島さんに持っていく。
「なんやこれ、マッチか?」
「そう、陶器のマッチ入れ」
手に持っていた陶器の入れ物を真島さんに見せる。湯呑みのような形をした藍色の入れ物の中にはマッチが入っており、外側の下の部分が茶色く少しザラザラとしている。茶色い部分でマッチを擦ると火が着くという造りだ。
元々キャンドルが好きで、たまたま入った雑貨屋でこのマッチ入れに一目惚れしたのだ。落ち着いた色合いが自分の部屋のインテリアと合っていて、なかなか良い買い物をしたと思っている。
「この茶色い部分でマッチを擦ると火が着くの」
「ほぉ〜。こんなんあるんやな」
そういうと真島さんは興味深そうにマッチを一本取り出し、入れ物の下部にマッチを擦り付けた。シャッという擦られた音と共にマッチの先から火が出る。それを咥えていたタバコの先に近付けて、タバコに火を付けた。
ふぅーと一息つく真島さんを見ると、思っていたよりも早くタバコを吸えたことが嬉しいようで気分が良さそうだ。
「紗英ちゃんがこんなん持っとるなんて知らんかったわ」
「キャンドル好きだから焚くときに使ってるの。真島さんが来る時には焚かないけど」
「なんや、別に焚いても全然ええんやで?」
「うーん、でもそうするとタバコの匂いと混ざっちゃうでしょ。それに真島さんのタバコの匂い好きだから」
「そうか? それならええけど」
その日の気分に合わせてキャンドルを焚くのは好きだけど、真島さんのタバコの匂いは彼がいる時だけしか楽しめないから特別なのだ。彼が帰った後もしばらく残るタバコの匂いに、彼がここにいたという余韻を感じられて幸せになれる。
「それにしても久しぶりにマッチ使たな」
「いつもはライターだもんね」
「たまにはマッチもええな」
「なにか違うの?」
「最初の香りが違うんや。ちょっとだけやけどな」
「ふぅーん、そうなんだ」
喫煙者ではない私には違いがよくわからないが、いつもと違う香りを彼が楽しんでくれているようで嬉しくなった。
目の前に置いてあるマッチ入れを見つめながら、真島さんは思いついたように口を開く。
「また紗英ちゃんの部屋に来たときにこれ使ってもええか?」
「別にいいけど。ライターじゃなくていいの?」
「ライターはいつも使っとるからな。普段使わんマッチで吸った方が特別感が出るやろ?」
「特別感?」
「そや。紗英ちゃんの家におるときにだけ楽しめる香りや。いつもと違う感じが楽しめてええやろ?」
「ふふっ。私は真島さんがここにいてくれれば何でもいいよ」
楽しそうにしている真島さんを見つめながら私も笑顔で答えた。
彼のハイライトとマッチの香りが、私との思い出で埋め尽くされますように。
そう密かに願いながら、この新しい習慣の始まりに期待を込めた。

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