ベストタイミング

 とある日曜の午後、私と真島さんは特に何をするわけでもなくダラダラと部屋で過ごしていた。
 数十分前に何となしにつけたテレビをぼうっと観ていると、そこには昭和、平成、令和の歴代ヒット曲をランキング順に紹介している番組が映し出されている。

 私の横に座っている真島さんは、ソファの背に両腕を乗せながら懐かしいなぁ、なんて呟いていた。平成生まれの私にはあまり馴染みがない曲が続くが、真島さんにとっては青春真っ只中の曲ばかりだ。時々楽しそうにメロディの一部を口ずさんでいる。

 昭和のヒット曲を聴きながら、少し気になったことを彼に聞いてみる。

「そういえば、真島さんの若い頃はまだ携帯なかったですよね?」
「もちろんないな。俺が20代半ばの頃にはショルダーフォンなんちゅーもんも売られとったけど、今みたいな携帯はなかったのぉ」
「じゃあ彼女と連絡取りたい時ってどうしてたんですか?」
「大体はポケベルとか電話やな」
「ポケベル?」
「せや。公衆電話を使ってポケベルに短いメッセージを送れるんや。今みたいに文章を送れるわけちゃうから、短い数字をぽちぽちっとな」
「数字でどうやってメッセージがわかるんですか?」
「数字の語呂合わせを使って読むんや。例えば0840やとおはよう、とかな」
「へぇ〜なるほど」

 コーヒーを啜りながら昭和の恋愛事情を聞く。真島さんは、懐かしい過去の記憶を思い出しながら話しているようだ。

「じゃあ待ち合わせとかはどうしてたんですか? 途中で何かあったら会えないですよね」
「そりゃ大変やったで。待ち合わせ場所に行って、相手とすれ違いになるなんてことはよくあったな。急に会えんくなってポケベルに連絡しよう思ても、公衆電話がなかなか見つからんくて連絡できへん、とかな」
「それは大変そう……私昭和に生まれなくてよかった」

 真島さんはヒヒッと笑いながら話を続ける。

「まぁあんときはそれが普通やったから気にならんかったけど、今の時代に慣れてしまうともうあの頃には戻れんな」

 そう言いながら真島さんはどこか懐かしむようにテレビの上の方を見上げている。

 当たり前だけどその時代に私はいないわけで、当時の感覚を彼と共有することはできない。
 過去の記憶を辿っているであろう彼の横顔を見ると、途端に自分が置いていかれたような寂しさが込み上げてきた。その寂しさを紛らわしたくて、つい意味のない質問をしてしまう。

「もし……もしですよ? 私がもっと早くに生まれて真島さんと出会えていたら、今と同じような関係になれたと思います?」
「そら無理やな」
「えっなんでですか!?」

 予想以上の速さで返ってきた返答に、ショックを受けつつ理由を聞く。

「お前俺から連絡がないとすぐ寂しがるやないか」
「ま、まぁそれは確かに……」

 携帯のある恋愛に慣れすぎたせいなのか、本来の自分の性格のせいなのかはわからないが、確かに思い当たる節があるだけに言い返せない。
 ショックをなるべく顔に出さないように俯くと、それに気づいたのか真島さんの話し方が少し柔らかくなった。

「逆に言うと、あの時会えたからうまくいったんや」
「あの時……」
「せや。今この時代で、あの時のお前に会えたから今があるんやないか。携帯がなかったら関係も続いとらんやろうしな」
「そう……ですね」
「なんや、まだ不満かいな?」

 私の顔が暗かったのか、真島さんは笑いながら私の鼻をキュッと摘んできた。

「いたぁい! ひどい真島さん」
「お前がそんなシケた面しとるからやろうが。昔とか今とか、そんな細かいこと考えんでええねん」
「そうですかね?」

 摘まれた鼻を押さえながら返事をする私に、真島さんは目を細めながら優しい表情で見つめてきた。

「あの出会いが俺らのベストタイミングやったんや。それ以上も以下もない。それで今隣にお前がいるんやったら俺はそれで十分や」
「……うん」

 真島さんの暖かい眼差しに、さっきまで感じていた寂しさが嬉しさに変わっていくのを感じた。

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